私たちの教会

教会の沿革

小田原ハリストス正教会は、1877年に聖ニコライ(当時 修道司祭)から洗礼を受けたイオナ友田清兄とイオシフ峰義準兄からはじまります。

1879年に、信徒たちが自主的に募金活動を行って、1887年、現在の本町に白亜の木造の聖堂を建立しました。この聖堂は関東大震災のときに焼失してしまいました。

しかしその翌年には、塔ノ沢の箱根避所館(左の写真)にあった小聖堂を聖ニコライの後任のセルギイ大主教より下賜され、それを信徒の手で小田原まで運搬して新聖堂を建立しました。

1937年、現在の栄町に土地を購入して本町から移転しました。
現在の聖堂は1969年に建てられました。

歴代の司祭

司祭プロフィール

ディミトリイ田中仁一(たなかじんいち)

1970年1月18日生まれ、埼玉県さいたま市出身

1988年3月 聖学院高等学校卒

1992年3月 成蹊大学文学部文化学科卒

1994年3月 成蹊大学文学部文化学科博士前期課程修了、人文学修士

1995年9月 同博士後期課程在学のまま、ギリシャ・アテネ大学人文学部大学院に留学

1997年 修士号修得

1999年5月 正教信仰に感銘を受け、約1年半の啓蒙期間を経てアテネ市内の聖ディミトリオス教会にて受洗 

2001年 博士課程終了

2001年10月 帰国、就職

2004年9月 東京正教神学院入学

2005年7月 輔祭叙聖

2007年7月 司祭叙聖、東京復活大聖堂付司祭任命

2009年9月 横浜ハリストス正教会管轄司祭任命

2010年9月 小田原ハリストス正教会管轄司祭任命、伊豆・静岡の三教会を兼務

現在 小田原ハリストス正教会管轄司祭、伊豆の二教会を兼務、日本ハリストス正教会教団事務局長

管轄教会

修善寺ハリストス正教会 顕栄聖堂

修善寺温泉の隅にひっそりと佇む白い聖堂は1912年(明治45年)に竣工しました。当時、病の床にあったニコライ大主教の回復を願った職人と信徒らが尽力し、本来なら3年かけて建てるような建物をわずか3か月で完成させました。設計は教会の司祭であり建築家でもあったモイセイ河村伊蔵によります。日本建築に精通した彼らは松崎町の左官らと共に、その技術力で繊細な装飾を施してこの教会を建てました。象徴的な鐘楼は、高さ約18メートル、内部のイコノスタス(聖堂正面のイコンの壁)と中央のシャンデリアは中国東北部の旅順(リョイシュン)で使われていたものを運んできました。顕栄聖堂はその姿の美しさ・技術的芸術的価値・伊豆の宗教的歴史価値の3点から静岡県の有形文化財に指定されています。イコノスタス奥に掲げられたイリナ山下りん作のイコンをご覧になりたい方は祈祷中の拝観をお勧めします。

〒410-2416静岡県伊豆市修善寺861

電話:0465-22-2792 (小田原ハリストス正教会)

拝観日: 7月を除く毎月第二日曜9:00-12:00

伝道会: 現在定期的な伝道会は行っていません。お問い合わせ下さい


柏久保ハリストス正教会 主の降誕会堂

日本では2つの正教会が一つの市に存在することが稀ですが、伊豆市はその数少ない市に入ります。柏久保教会は、1880年(明治13年)に開基しました。現在の方舟型の会堂は1887年に建立されましたが、イコノスタスがありませんでした。そのため、聖ニコライがロシア製のイコン一対とイリナ山下りんによるイコン数点を贈呈しました。こうしてイコノスタスが完成した1909年(明治42年)、正教会の会堂として成聖されました。

住所: 〒410-2407伊豆市柏久保325 

電話: 0465-22-2792 (小田原ハリストス正教会)

拝観日: 7月を除く毎月第二土曜9:00-11:30(定期祈祷時間内)

伝道会: 現在定期的な伝道会は行っていません。拝観の際はご連絡下さい。


平塚ハリストス正教会 

かつては平塚市の北西部の片岡村(現平塚市片岡)に会堂がありましたが焼失し、現在はありません。明治2年に最初の洗礼があったと記録されています。現在はその隣の地域である広川の集落を中心に伊勢原・大磯の信徒が、定期的に各信徒の家庭を順番に開放して集会を行っています。